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投資哲学

AIで株を選んでも、最後は自分で疑う|数字・肌感覚・企業体質まで考えて投資する

AIで株を選んでも、最後は自分で疑う|数字・肌感覚・企業体質まで考えて投資する

📋 この記事でわかること

  • スクリーニングを通過した銘柄が、実は通過してはいけなかった話(自分のシステム側のミス)
  • 「良い会社」と「今買える会社」と「スクリーニングを通過した会社」は、全部別モノという話
  • 数字だけでなく「肌感覚」や「企業体質への好き嫌い」まで見る、私なりの銘柄の見方
  • 結局いちばん大事なのは「買うか買わないか」より「いくら買うか」だという話

こんにちは、投資家ケンです。

私は最近、日本株を効率よく調べるために、AIと自作のスクリーニングシステムを使っています。配当利回り、ROE、EPS成長率、自己資本比率、PER、営業キャッシュフロー。条件を設定して市場全体を走査すれば、人間が何千銘柄も一つずつ調べるより圧倒的に速い。これは本当に便利です。

ただ、その便利さに頼りすぎるのは少し怖いとも感じています。最近、そのことを改めて実感する出来事がありました。

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「条件を通過した銘柄」が、実は通過してはいけなかった

スクリーニングの結果、ある企業が私の設定した財務基準を通過しました。数字だけを見れば「これはなかなか良さそうだ」と思える銘柄です。

ところが個別に財務データを確認している途中で、どうも数字がおかしいことに気付きました。調べ直してみると、自己資本比率の計算に使っているロジックに問題があり、本来なら私の基準を通過しないはずの会社が「合格」と判定されていました。

原因は企業側ではありません。私のスクリーニングシステム側の問題です。

もし、その結果をそのまま信用して買っていたら、「AIが選んだから」「スクリーニングを通ったから」という理由で、本来の投資基準とは違う銘柄を買っていた可能性があります。

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スクリーニングは「答え」ではない

私は以前から、良い会社と、今買える会社は別物だと考えています。

今回、もう一つ付け加えるなら、スクリーニングを通過した会社と、本当に自分が買いたい会社も別物なのだと思います。

スクリーニングはあくまで候補を絞る道具です。100社、1,000社ある企業の中から「ここをもう少し調べてみよう」という会社を見つけるための入口にすぎません。

そこから先は、決算短信・有価証券報告書・キャッシュフロー・配当政策・過去の減配・経営者の発言・株主還元方針・業界環境・事業モデル、といったものを改めて見ます。

ただ、私は最近、これだけでもまだ足りないと感じています。

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数字の先にある「肌感覚」

企業分析をしていると、実生活の中で感じる「肌感覚」のようなものがあります。

このサービスは本当に今後も使われるのか。この商品は生活者から見て必要とされ続けるのか。この価格で顧客はついてくるのか。この業界そのものが、今後も利益を出し続けられる構造なのか。そんなことを考えます。

企業分析というと、どうしても決算数字や財務指標に目が向きます。もちろん、それらは重要です。ただ、企業は数字だけで存在しているわけではありません。商品を買う人がいる。サービスを使う人がいる。従業員が働いている。競合がいる。社会の中で何らかの役割を持っている。

そう考えると、日常生活の中で感じる感覚も、完全に無視するものではないと思っています。

もちろん「なんとなく良さそう」だけで株を買うことはしません。まず数字を見る。企業を調べる。事業モデルを見る。そのうえで最後の一押しとして、自分の感覚としてこの会社をどう見るかを考える。私にとって、この「肌感覚」は意外と大切です。

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数字が良くても、好きな会社とは限らない

企業分析をしていると、「数字は良い。でも、この会社はあまり好きではない」と感じることがあります。企業体質だったり、事業モデルだったり、商売のやり方だったり。理由はいろいろです。

利益を出している。財務も悪くない。成長もしている。それでも「この会社が大きくなることを、素直には応援できないな」と思うことがあります。

ただ、私はそういう会社を必ずしも投資対象から外すわけではありません。ここは少し矛盾しているように見えるかもしれません。でも私は、企業に対する評価と、投資対象としての評価は完全には同じではないと思っています。

事業として利益を出す可能性がある。株価上昇の余地もある。ただし、自分としてはその企業体質や事業モデルにかなり引っかかる。そんな会社でも、買うことがあります。ただし、大きくは買いません。無くしても困らない程度の金額しか入れない。ここはかなり意識しています。

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潰れても、伸びても、少し複雑

かなり極端な言い方をすると、そういう会社については少し不思議な感覚があります。

もし、その会社が最終的にうまくいかず潰れたとします。株主としては当然、損をします。お金が減るわけですから、普通に嫌です。ただ一方で、「この企業体質なら、なくなった方が社会にとっては良かったのかもしれない」と感じる会社であれば、損をしても、どこか納得できる部分があります。少し引っかかる。でも、完全に悔しいわけでもない。

逆に、その会社の業績がどんどん伸びて株価も上昇した場合。投資家としては利益が出るので嬉しい。ただ「この会社が社会的に大きくなることを、手放しで喜べるか」と言われると、そうでもない。利益は嬉しい。でも、少し引っかかる。

つまり、どちらに転んでも、少し複雑です。

だから私は、この複雑さを投資額で調整しています。企業体質に不安がある、事業モデルにも違和感がある、それでも投資対象としては面白い——そういう会社なら、最悪ゼロになっても困らない範囲で持つ。一方で、もし伸びれば「投資判断としては間違っていなかった」という形で利益を受け取る。外れても致命傷にならず、当たれば恩恵を受けられる。このくらいの距離感がちょうどいいと思っています。

これは、すべての銘柄を同じ金額で買わない理由でもあります。企業によって信用度も違う。事業の安定性も違う。財務も違う。自分の納得感も違う。だから、投資額も同じである必要はないと思っています。

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「良い会社を買う」だけでは足りない

投資というと「良い会社を見つけて買う」という話になりがちです。もちろん、それが基本です。私も財務が堅く、利益を積み上げ、配当を少しずつ増やしてくれる、そんな地味な会社が好きです。

ただ、実際の投資では「良い会社かどうか」だけでは足りないと思っています。その会社をどれくらい信用しているか。事業モデルにどれくらい不安があるか。今の株価が高いか安いか。社会的にどう感じるか。最悪のケースになったときに、自分は耐えられるか。そこまで含めて、いくら投資するかを決める。私にとっては、そこまでが投資です。

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AIは優秀だが、間違える

私はAIをかなり使っています。銘柄分析だけでなく、財務データの整理、企業比較、プログラムのチェック、スクリーニング条件の検証にも利用しています。人間だけでは到底できない量の情報を短時間で整理してくれる。これは間違いなく大きな武器です。

ただし、AIもプログラムも「与えられたデータと仕組み」の上で動いています。元データが間違っていれば間違う。計算式が間違っていれば間違う。私が間違った前提を与えれば、その前提のまま非常に説得力のある回答を返してくることもあります。

ここが一番怖いところです。間違った数字が単に表示されるより、「この企業は財務健全性が高く、長期保有に適しています」と文章で説明される方が、人間は信じてしまいやすい。だから私は、AIを使えば使うほど、AIを疑う能力も必要になると感じています。

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投資で怖いのは「間違うこと」ではない

投資をしていれば、判断を間違えることはあります。企業の将来を完全に予測することなど誰にもできません。私自身、「これは良いと思ったが、後から見ると違った」ということはいくらでもあります。それ自体は仕方ありません。

むしろ怖いのは、自分の判断が間違っている可能性を考えなくなることだと思っています。

スクリーニングを通過した。AIも高評価した。業績も良い。株価も上がっている。こうなると、人間は「自分は正しい」と思いたくなります。でも投資では「どこか間違っていないか」と考える癖が大切だと思っています。

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私の投資は「段階審査」

私は今、銘柄を見るときに一発で買うことはほとんどありません。イメージとしては、こんな段階審査になっています。

一次審査:スクリーニング 財務・業績・配当などから候補を絞る 二次審査:企業分析 利益・キャッシュフロー・財務・配当政策を見る 三次審査:事業モデル 何で利益を出しているのか。その構造は持続可能か 四次審査:現在の株価 良い会社でも、高すぎれば買わない 五次審査:企業体質と肌感覚 数字以外の部分で、自分がその会社をどう感じるか

そして最後に「いくら投資するか」(次の章)。さらに最近は、この一次審査そのものが間違っていないか確認する工程を追加しました。今回のスクリーニングの誤判定で、ここも重要だと改めて思いました。

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最後は「買うか」より「いくら買うか」

投資では「この銘柄を買うか、買わないか」という二択で考えがちです。でも私は最近、それよりも「いくら買うか」の方が重要なのではないかと思っています。

かなり信用できる会社なら、それなりに持つ。良い会社でも株価が高ければ待つ。面白いけれど不確実性が大きいなら、小さく持つ。企業体質に違和感があるなら、さらに小さくする。完全に見送ることもある。

つまり、投資判断は白か黒かではなく、濃淡がある。その濃淡を金額で表現するのが、私の投資なのだと思います。

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📌 まとめ

  • スクリーニングを通過した会社と、本当に自分が買いたい会社は別物。ツールはあくまで候補を絞る入口
  • 数字だけでなく、生活者としての「肌感覚」や企業体質への好き嫌いまで見て、最後は自分の感覚で判断する
  • 企業への評価と投資対象としての評価は別。引っかかる会社でも、致命傷にならない金額なら持つことがある
  • AIは優秀だが、与えられたデータと仕組みの上でしか動かない。使えば使うほど、疑う力も必要になる
  • 最後に大事なのは「買うか買わないか」より「いくら買うか」。判断には濃淡があり、それを金額で表現する

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【免責事項】
本記事は情報提供・個人の記録を目的としており、特定の銘柄・商品の購入・売却を推奨・勧誘するものではありません。投資には元本割れを含むリスクが伴います。最終的な投資判断はご自身の責任でお願いいたします。