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投資哲学

怠惰を求めて勤勉に行き着く|自由になりたい人ほど、なぜ積み上げるのか

この記事でわかること

  • 「自由」と「何もしないこと」は、少し違うかもしれないという話
  • 投資や資産形成が、なぜ面倒なのに続くのか
  • 50代からの資産形成で大事にしたい「徒労を減らす」という感覚

今の相場、ジェットコースターみたいになっています。

朝に大きく動いて、翌日に反転して、また反転する。こういう乱高下が続く中で、自分がどう動いているか振り返ると、面白いことに気づきます。

急落が来た時ほど、ちゃんと調べています。 銘柄を確認して、財務を見て、「これは本質的な問題か、一時的な揺れか」を考える。納得できたら、むしろ買い増しを検討する。

逆に急騰の時は——様子見です。乗りません。

「上がってる!乗らなきゃ!」という焦りはあります。でも、動かない。この我慢こそが、投資で一番大切な要素だと思っています。

怠惰を求めて、勤勉に行き着く。今まさにこの感覚で相場を見ています。


「怠惰を求めて勤勉に行き着く」

この言葉、麻雀漫画『哲也』に出てきた言葉です。

若い頃は、なんとなく格好いい言葉だなと思っていました。

でも最近になって、ようやく少し意味がわかってきた気がします。

これ、単に「楽をしたい人ほど努力する」みたいな根性論ではないんですよね。

個人的には、

本当に欲しいのは怠惰ではなく、自分の時間を自分で選べる状態

なのかなと感じています。

これ、投資や資産形成にもかなり近い話です。

仕事の合間だから楽しかった釣り

最近、面白い話を聞きました。

引退後に「毎日好きな魚釣りをしたい」と考えて、船を買った人の話です。

ようやく自由な時間を手に入れて、毎日釣りに行けるようになった。

うらやましいですよね。

自分も最初に聞いた時は、「それ最高じゃないですか」と思いました。

ところが、その人は1か月も経たないうちに飽きてしまったそうです。

そして、こう言ったそうです。

仕事の合間だから楽しかったんだな。

うーん、これ結構深いんですよね。

好きだったのは、釣りそのものだけではなかったのかもしれません。

次の休みを楽しみに待つ時間。
限られた時間の中で段取りを考えること。
今日はどこに行こうか、どんな仕掛けにしようかと考える余白。

そういう「制限があるからこその楽しさ」も、釣りの一部だったのだと思います。

毎日できるようになった瞬間、特別だったものが日常になってしまう。

これ、投資にも似たところがあります。

配当金を受け取るのはもちろん嬉しいです。

でも、本当に面白いのはそこだけではないんですよね。

企業を調べる。
財務を読む。
自分なりに納得できる価格を考える。
買ったあとに、良い時も悪い時も見続ける。

その過程込みで、資産形成は面白いのだと思います。

好きなことも「義務」になると苦しくなる

もう一つ、パチンコで生活している人の話も聞きました。

好きで始めたはずのパチンコも、生活費を稼ぐ手段になると、まったく楽しくなくなるそうです。

期待値を計算する。
勝てる台を探す。
感情を殺して打ち続ける。

これはもう、遊びではなく仕事です。

もちろん、仕事として成立させている人はすごいと思います。

ただ、「好きなことなら毎日やっても楽しいはず」と単純には言えないんですよね。

自由だったものが義務になると、人は楽しさを失いやすい。

これも、投資に置き換えると少し見え方が変わります。

投資も「生活費を全部これで稼がなきゃ」となると、一気に景色が変わると思います。

毎日の株価が生活の安心感を揺らす。
含み損がただの数字ではなく、生活への不安になる。
配当が減ると、感情も削られる。

そうなると、投資は自由を増やす道具というより、生活を縛るものになってしまうかもしれません。

だから自分は、FIREを強く目指すというより、

選択肢を増やすために投資をしている

という感覚の方が近いです。

仕事を完全にやめるためというより、嫌な選択肢しか残らない状態を避けるため。

これ、地味なんですけど、50代からの資産形成ではかなり大事な感覚だと思っています。

自由とは「何もしないこと」ではない

そんな話を聞きながら、ふと思いました。

人は怠惰を求めているようで、実はそうではないのかもしれません。

本当に求めているのは、

何もしないこと

ではなく、

自分で選べること

なのではないでしょうか。

私自身もそうです。

投資をしていますが、配当金を受け取ることだけが楽しいわけではありません。

企業を調べ、財務を読み、将来を考え、少しずつ資産が積み上がっていく。

この過程が、けっこう好きです。

武道も同じです。

強くなることだけが目的というより、理解が少し深まる瞬間が楽しい。

治療も同じです。

患者さんが少しずつ良くなっていく過程に、やっぱり喜びがあります。

結果だけを切り取ると、どれも「もっと楽に手に入ればいい」と思うかもしれません。

でも実際には、途中の工夫や観察や積み上げがあるから、自分のものになる感覚があるんですよね。

働きたくないのではなく、徒労を減らしたい

以前、自分にとって自由とは何かを考えたことがあります。

その時にしっくりきた答えは、

自分の時間を、自分の価値観で使えること

でした。

だから私は、働きたくないわけではありません。

意味のないことに時間を使いたくないだけなのだと思います。

ここ、かなり大事です。

怠惰の反対は勤勉ですが、自分が本当に避けたいものは、勤勉ではありません。

むしろ避けたいのは、

徒労

です。

ちょっと考えてみてください。一番きつい仕事って何だと思いますか?

重労働?危険な作業?夜勤?

どれも大変ですが、個人的には「掘った穴を埋める作業を永遠とやらされること」が一番きついと思っています。

体は疲れる。汗もかく。時間も消える。でも何も残らない。穴を掘ったから埋める、埋めたからまた掘る。終わりが見えない上に、意味もわからない。

これが人間にとって、一番消耗することなんじゃないかと思います。

誰のためにもならない。
改善もない。
学びもない。
ただ時間だけが失われていく。

これはきついです。

同じ疲れるなら、未来の自分が少し楽になる疲れ方をしたい。

同じ時間を使うなら、誰かの役に立つか、自分の理解が深まることに使いたい。

投資も、そういう意味では「徒労を減らすための仕組み作り」に近いのかもしれません。

毎月の給料だけに頼らない。
配当という小さな収入源を育てる。
NISAで非課税の器を使う。
家計を見直して、無駄な固定費を減らす。

一つ一つは地味です。

しかも、正直ちょっと面倒です。

でも、その面倒さの先に「未来の選択肢」が少し増えるなら、自分はやる価値があると思っています。

楽をしたいから、仕組みを作る

振り返ると、人生には不思議な逆説があります。

楽をしたいから、投資を学ぶ。

将来困りたくないから、健康に気を付ける。

自由になりたいから、技術を磨く。

時間を大切にしたいから、段取りを考える。

怠惰を求めているはずなのに、気付けば勤勉な行動にたどり着いている。

これ、かなり人間っぽくて好きです。

「何もしたくない」と言いながら、未来の自分が困らないように準備している。

「楽に生きたい」と言いながら、今日も家計簿を見たり、保有銘柄を確認したりしている。

なんでしょうね、この矛盾。

でも、悪くない矛盾だと思います。

投資は自由を買うというより、自由の余白を作るもの

投資をしていると、どうしても利回りや含み益に目が行きます。

もちろん数字は大事です。

配当利回り、増配、業績、財務、株価水準。

ここを見ない投資は、さすがに怖いです。

ただ、数字の奥にある目的を忘れると、投資そのものがしんどくなりやすいとも感じます。

自分にとって投資は、自由を一発で買うものではありません。

どちらかというと、

将来の自分に、少し余白を渡しておく行為

に近いです。

今すぐ人生が劇的に変わるわけではない。

でも、10年後の自分が「選べる」状態に近づくかもしれない。

働き方を少し変えられるかもしれない。
嫌な仕事を断れるかもしれない。
体調を優先できるかもしれない。
家族との時間を増やせるかもしれない。

その可能性を、少しずつ積み上げている感覚です。

だから、毎月の配当金が大きくなくても嬉しいんですよね。

金額そのもの以上に、

自分の未来に、小さな選択肢が増えている

という感じがあるからです。

まとめ:怠惰ではなく、自由のための勤勉

最近は、こう思います。

怠惰を求めて勤勉に行き着く。

これは矛盾ではありません。

自由を大切にする人ほど、時間の価値を知っている。

時間の価値を知る人ほど、未来の自分のために今を積み上げる。

その結果として、外から見ると勤勉に見える。

でも本人にとっては、ただ自分の時間を自分の価値観で使っているだけなのだと思います。

限られた人生の時間だからこそ、徒労ではなく、意味を感じることに使いたい。

投資も、仕事も、健康も、技術も。

全部を完璧にやる必要はないけれど、未来の自分が少し楽になる方向へ、今日できることを少し積む。

それくらいの温度感が、自分にはちょうどいいです。

今日もまた、楽をしたいがために、少しだけ勤勉にやっていこうと思います。

📌 この記事のポイント

  • 怠惰を求めることと勤勉に行き着くことは矛盾しない
  • 急落時こそ調べ・考え・動く。急騰は様子見。この我慢が投資の本質
  • 本当に欲しいのは「何もしないこと」ではなく「自分で選べること」
  • 投資は自由を一発で買うものではなく、将来の自分に余白を渡す行為

※本記事は筆者個人の考え方・体験に基づく内容です。特定の金融商品や投資行動を推奨するものではありません。投資には元本割れのリスクがあります。最終的な投資判断はご自身の責任でお願いいたします。